さとうさんのキロク

生活と雑記と時々ネコ

【仕事】公開処刑という言葉が使われることがある。

もともと、私の働く会社ではこのような文化はなかった。あ、先に言っておくと、ブラックとか社畜とかそういう以前の話。人としてどうよ?ってところ。


なんか、会社の上層部にある偉い方が入ったことからこの文化が流れこんできた。今はその人いないけれど、その偉い方は「公開処刑」と称し既存の上層部の方を叩き、人前で怒鳴る事こそ素晴らしいかのように説いていた。その後、今までの上層部の方も部下たちを人前で怒鳴ることが増えてきた。恐怖政治の始まりだった。


さて、脱社畜ブログさんの記事「怒鳴る上司に、怖い先輩――「恐怖」で人を動かそうとする人たち」では

大きな会社になれば、このように「恐怖」で人を動かそうとしている人は、必ず存在する。

と語られているけれど、小さい会社でもまああるところはあるかと思う。基本同意だから何も異論はないんですけど。


話は戻るけれど、怒鳴ることで解決することなんか何もないと思う。自分が現状怒鳴られたりするわけではないのだけど、見ていて、聞いていて気分非常に悪い。もちろん怒鳴られる側の仕事ぶりも悪い場合もあるが、意地悪な追い詰め方をしなくてもいいんじゃないのかと強く感じる。普通の進捗会議の時にある人達には怒っていないのに、別のある人たちに対しては始めから苛ついた感じで話しかける。そんな言い方をしてしまうと萎縮するだけでなく、取り繕う発言ばかりが目立ってしまってまたそこを突っ込まれて怒鳴られる。。。ひどいパターンだ。聞いていて不快でしかない。上層部もマネージャーもこのやり方を変える気はないのだろうな。。なんて諦めも出てくる。自分は。。。権力はないけれど、今の場所で長く働いているので、多分意見をいうことはできる。しかし…この場所での未来を強く想っていないので、若干諦めている。申し訳ないのだけれど。。。


そういえば最近は落ち着いているのか、タイミングの問題なのかあまり聞かないけれど、一時期は電話で怒鳴り、大勢いる前で怒鳴り、複数人の音声通話でも怒鳴っていた。
怒鳴られている本人たちもさる事ながら、怒鳴られていない仲間までモチベーションの低下がひどい。この場所にこの先の明るい未来があるとはとても思えない。影響は最悪だ。


自分も鬱から脱出できそうかな〜って時期に一回だけちょっと理不尽な理由で怒鳴られたことがあるのだけれど、その時の影響で1年半は立ち直れなかった。あれは酷かったなあ。。(これはまた別の記事で語ろうと思う。)とはいえ、自分も辞めちゃえばとか思うことはあるけれど、ある考えからまだもう少しって状態。


ということでここから学べることは、自分の今の後輩や独立をする時の仲間や、部下に自分はそのような態度を絶対にしないようにするということだけ。人は正しく伝えれば必ずわかるはず。そうでない場合は別の適性があるはず。今やっている作業は向いていないのだろう。だったら別の部署に配属し直すなり、何らかの手は打てると思う。会社としてのリスクを経営者、マネージャー達が自ら増やしている。経験豊富な仲間がどんどん辞めていく理由に気づいていない。よくそれで、リスク回避とかリスクヘッジとかって言葉が出てくるなと感心する。再教育のコストや暗黙知によるリスクは無視ですかって思う。


恐怖で統治できる時代は極めて短い。なぜそれがわからないのか。

小さなことに左右されない 「本当の自信」を手に入れる9つのステップ

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